気が付いた頃には、自分が死んでいた

光が強いと、闇に目をつけられやすい。っていうことがあります。

闇すらも飲み込むほどに強ければいいが

目をつけられる程度の光は

チクチクとちょっかい出されるのですね。

 

 

 

 

小さい頃、私の中で絶対に決めていたことそれは

・悪口は言わない

・仲間はずれはしない

 

 

 

自分が悪口言われたり…

靴を隠されたり…

意地悪されても、やり返したりその人を嫌ったり

そういことが無かった。

 

 

 

今思うと、光が強かったんだ。って。

 

 

 

意地悪されても

次の日には新しい未来がやってくる!って信じていて

学校に行くのを楽しみにしていて

意地悪してきたお友達とも仲良くやれるだろうと信じていたこと。

 

 

 

とにかく対等。

自分も言いたいことを言うし、相手も言ってOK!!

 

 

 

そんなスタンスが気に入らない人もいたわけで…..

そんな人って…

実は一番仲良くしてくれてると思っていた

私が勝手に親友だと思っていた女の子でした。

 

 

 

仲良くしていると見せかけて

影で悪口言ったり

靴隠したり

ニラんだり。

 

 

 

私は何をトンチンカンな…

「アヤちゃん」はそういう

愛情表現をするんだな。

って思っていた。

 

 

 

いいよ。

好きな表現方法でいい。

自由にやってほしい。

私はその方が好きなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃のアヤちゃんは目尻がキュって上がっていて

キツイ顔の印象だったが

少し大人になってからは

顔の印象や雰囲気が穏やかになっていて

なんだかホッとしたのを覚えている。

 

 

 

少し大人になってからは

遠くから見守るような関係で。

私は、母親かお姉ちゃんかのように

もう大丈夫だね。

 

 

 

そんなことを思っていたました。

私自身があやちゃんから旅立ったのでした。

 

 

 

自分は、過酷な家庭環境なのにね。

 

 

 

他の家庭がどんなに羨ましかったか。

私に優しいお父さんがいれば

私に優しいお母さんがいれば

私はきっと幸せなんだろうな。

本当は「アヤちゃん」のことだって羨ましかった。

 

 

心の片隅でいつもいつも

そんなことを願ってやまなかったのでした。

 

 

 

子供ながらに

自分の願いは叶ったとしても

お母さんとお父さんがまた一緒になる

なんて他人のことで願いが叶うなんて

期待にしかならないよな。

と、諦めるようになりました。

 

 

 

それと同時に

人格はどんどん分離していき

諦めた自分と

諦めない自分と

ハッキリわかれたのでした。

 

 

 

諦めた自分というのは死を意味していたのでした。

 

 

そして、

亡霊の世界を彷徨いはじめました。

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です